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August 2021

2021.08.30

水泳の基礎

今日はスポーツクラブの特別プログラムでNコーチの「水泳入門」に出てきた。まず、浮き方(くらげ浮き)、沈み方(水中で腰をかがめて足首をにぎる)、体重の移動(1)(水中で体を前に倒し、体が前に引っ張られる感じ)、体重移動(2上下)(腕を伸ばしてY字型のバンザイして体を鎮める、くらげ浮きで手足をダラリと下げると体が浮く)、体重移動(3左右+前方)Y字型バンザイの形で体を左右にゆっくりゆらし、肩を沈め、反対側の肩を前におくると体全体が前方へ引っ張られる。呼吸(ゆるゆる吐かないで、浮上したらすばやくしっかり吐くと自ずと息を吸うことができる。大体は吐く動作が弱いために吸い込むことができず息がくるしくなってくる。

各泳法はこれらの特徴が組み合わされているので、手足で一生懸命かく練習をする前にこれらの動作が身についていることが大切というお話だった。なるほど、やってみると、体重移動(3)あたりはまだまだだなあ。

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芸術家のパリ生活

先日たまたまBSプレミアムで、辻仁成氏のシングルファーザーパリ生活の模様と作曲家加古隆氏のパリ再訪の番組を見た。

「ボンジュール!辻仁成の春のパリごはん」という番組で再放送を録画して見た。パリのロックダウンもあって、ほぼ自撮りされたものだった。辻氏は多才な人で、小説家でもあり音楽家でもある。氏の日記(退屈日記など)は17歳息子氏との生活やパリでの生活、料理など個人の生活がかなりあからさまに描かれているが、そこはプロ仕様というべきで読み物としてもとてもおもしろい。それにしても辻氏は多才な才能を発揮されている。

加古氏はNHKスペシャル「映像の世紀」のテーマミュージックになっている「パリは今も燃えているか」の作曲家で、若い頃に留学していたパリを再訪する番組だった(「NHKプレミアムカフェ パリは未だ燃えているか 旅人加古隆」2013年放映)。加古氏の音楽活動の遍歴をたどりながら(クラシック、現代音楽、フリージャズ)「パリは燃えているか」の解題のような番組構成になっていた。遠い後輩にあたる音楽大学の学生たちと「パリは燃えているか」を演奏するシーンでまとめられていた。若い演奏家に楽譜だけ渡した演奏と同じ楽譜でも作曲家の意図により指揮された演奏ではとても違った印象を与えるものだと思った。

辻氏は60代(で現在も在仏)、加古氏は70代であるが、このお二人の顔立ちがよく似ているように感じられることもあって、ファッションも良く似ているように感じた。帽子と長髪(辻氏はストレート、加古氏はソバージュ)、黒っぽい上着とマフラーというようなパリの街を背景にして、いかにもよく似合うものだった。

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2021.08.06

夏ブレンド「涼雨」

「雨の日の珈琲」店の夏のブレンドは「涼雨」。ブラジル、パプアニューギニア、ガテマラ、ミャンマーのブレンド。すっきりした苦味ときれいで華やかな感じ。店主のKさんによるとアイスコーヒーでおいしくなるように、ということだった。家ではアイスコーヒーはほとんど飲まないが、たしかに冷えてもスッキリ飲むことができる。試したことはないが、テイクアウトのメニューに炭酸水割りのアイスコーヒーがあって、「涼雨」はこのために考えたようなブレンドです、ということだった。

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2021.08.04

書店「日記屋月日」

 東京新聞「TOKYO発」(2021年8月3日付11版24面)で下北沢に昨年4月に開店したばかりの日記専門店(日記屋月日)の紹介記事があった。書店は減っていく一方だが、小規模だが特色ある書店の話題も見かけるようになっている。この書店は日記の古典から個人自費出版された日記やコピー用紙に書かれた日記まで販売されているそうだ。日記は「原則、日付が記録されている文章」として個人ばかりでなく団体が発行しているものも含まれているようだ。

 開店そうそうに緊急事態宣言で休業に追い込まれたが、「月日会」というオンラインコミュニティで会員は一週間分の日記を週一回配信される会報に掲載することができ、会員同士の交流も可能ということだ。

 この記事のなかでも人はなぜ日記を書くのか、その効用など、考察されている。ある日記作者は「自分の思考や感情を書き留めるのが日記」であるとし、知人ではなく、お互いに知らない読者であることで、自分の気持を外に出すことができる、という。店主の内沼さんは現在のような状況にあって、「今日がどんな日だったのか」「何ができたのか」過去と現在を結びつけることによって現在の自分のあり方を確認することができ、そこに「小さな喜び」を見出すことができるのではないか」と述べられている。また他者の日記を読むことの「効能」として見知らぬ人の普通の日常に触れることで「親近感や他者への想像力が働くようになる」と述べられている。

(たしかに、ウェッブ日記やツイッターなどの内容には非常に魅力があって、ああこんな人がいて、いまこんなことを感じているのだなあ、と共感したり、えーそれちょっと違うのではなどと思いながら読んでいる。リアルな存在として知っている方の発言内容も面白く、ついつい実際に会話したかのような錯覚さえ覚えることがある。)

 記事をかかれた山下記者は「自分を見つめ直し、自分だけに向けた文章。それが日記。手書きでもパソコンでも、、、あなたも今日から日記をつけてみてはいかがでしょうか?」、とまとめておられた。私の「日記」はこのような定義からすると日記とは言えないのかもしれない。(そもそも最近は頻度が低い。日付が入っていることでかろうじて「日記」と言えるかもしれない。「自分だけに向けた文章」という表現から、むしろ日記によって「自分」も「他人」にできる、ことが大事なのかもしれないと思う。)

 このウェブ日記はもともとは勤め先でウェッブサイトが使えるようになって、授業の進展や関連情報を提供することと、個人的な出来事や感想などを書き留めておくコミュニケーションツールとして利用し始めたことがきっかけだった。そのころは現在のSNSのさきがけのような「日記えんじん」のようなサイトが現れて、「いいね」(「読んだ」だったかも)ボタンもすでに実装され、ネットの個人的利用方法としてウエッブ日記は人気があった。HTMLのページからその後は手軽なBlogへ移行したままで、1世代前の利用技術だ。(しかし、現在のSNSはあまりにも巨大な存在となってしまい、すでに個人の自由なスペースという性格は失われてしまっているのかもしれない。)

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