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2021.02.09

麒麟がくる

 とうとう最終回を迎えた「麒麟がくる」は、本能寺の変と光秀の「動機」をどのように描くのか楽しみに見ていた。NHKの歴史関連番組でも色々な説が取り沙汰されていた。今回のドラマでは光秀は戦のない平和な世の中を目指す政治的信念の共鳴者として描かれた信長の「変節」を諌めようとしたが、同志の細川藤高の協力を得られず孤立、徳川家康に未来を託す、というストーリーがとられた。光秀の最期は描かれず、生きていてほしいという願いを都の雑踏で駒さんが光秀の面影を探す、というシーンによって表現されていた。出演予定の女優さんのトラブルやコロナ禍の中、撮り直しや回数の縮小もあり、ストーリーの進展には大きな制約があったにもかかわらず出演者の好演も相まって新しい光秀像が描かれたことが面白かった。
 因幡や但馬地方には麒麟獅子舞が伝えられている。鳥取市のホームページを見ると、その起源について江戸時代になって初代鳥取藩主となった池田光仲氏は徳川家康のひ孫にあたり、鳥取に東照宮(現在の樗谿(おおちだに)公園)を建立し、その際に麒麟獅子舞を奉納し家康の権威を伝えようとした、ということである。深紅の胴衣の麒麟獅子とそれを操る猩猩(ショウジョウ)という全身赤装束の酔っぱらいのあやし役と掛け合いで演じられる舞は子どもの頃に初夏の祭りの頃に良く見た事がある。麒麟獅子に子供の頭を噛んでもらう、という風習も残されている。獅子舞の由来は知らなかったが、「麒麟がくる」のストーリーから、光秀に託された家康の政治思想を象徴するものとして伝えられたものなのかも知れない、などと思った。

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