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2015.04.26

京都

小さい頃からお世話になっていた叔父が亡くなった。葬儀のため京都へ。母と叔父たちの結束は固く、子供の頃は夏休みなどたびたび京都へいったり、いとこ達が鳥取で一夏過ごしたりしたものだった。ひさしぶりになつかしい従兄弟たちに会うことができた。叔父兄弟が映画会社に勤めていた大叔父・大叔母を頼り、まだ若かった二人が京都へ立っていたときの話を亡くなった母からよく聞いていた。二人は「ちいさなふろしきつづみひとつ」で山陰線にのり上京し、小さな町工場から起こし、独自の技術と製品をもつ製作所へと発展していった文字通りの立身出世の物語だった。子供の頃あそびにいったのは最初の住まい、北野天満宮にも近い西陣の近くの借家住まいだったが、工場の発展とともに立派な純和風の一戸建てになり、引退されるころからは御所近くのマンションの一角を住まいにされていた。叔父は後継者と期待していた長男を亡くした後、一旦は引退するつもりであったが、長男にまかせつつあった工場のことを思い「私一人の身ではなくなった」という決意を述べて、ふたたび工場の経営に奮闘された。母はこの叔父兄弟のことを「わが浜をかく、だけえ」といってとても喜んでいた。母方は鳥取の浜の出で、一人前になることをこのような言い方をしていたようだ。「わ」というのは「お前」とか「自分の」という方言で、漁師町らしく一定の地位を占めるようになることを「浜をかく」と表現したものであろうと思う。この話に私達兄弟もずいぶん励まされたと思う。のこされた叔母と従兄弟に、せめてそのお礼を言いたかったのだが、声がつまってしまいうまく言うことができなかった。長身の立派な体躯と明るく活力ある方で、なによりも職人的な勤勉さをもっておられた。戦中、戦後と私には想像もできない混乱期を生きぬき、92歳という天寿をまっとうされた立派な一生だったとしみじみと思う。

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