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2008.03.07

服従実験とは何だったのか

トーマス・ブラス(著)野島久雄・藍澤美紀(訳)服従実験とは何だったのか:スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産 誠信書房 2008

 ミルグラムによる服従実験はよく知られている。私の授業でも必ずとりあげるトピックである。その実験そのものの面白さ、実験の醍醐味とも言えるが、はもちろんだがその実験はさまざまな観点から現代においてもなお重要な話題を提供し続けている。

 本書の著者はミルグラムに直接師事していたわけではないが、文献や関係者へのインタビューによってミルグラムの短すぎた一生を鮮烈に描いている。
 ミルグラムにはさまざまな評価があったようだ。ひとつにはミルグラム自身の「複雑な」パーソナリティや行動に起因するものだったかもしれない。

プロローグではミルグラムが服従実験の実施に至る背景が手短に述べられている。ミルグラムが行動を「状況」の関数として理解しようとした背景を理解することができる。当時優勢だった行動主義の考え方とクルトレビンらのゲシュタルト心理学の条件分析に基礎をおく認知主義的な考え方が融合していたように思われる。

当時の米国では行動主義の影響力が大きかったが、ドイツから移住したクルト・レビンらのリーダーシップに関する研究における「認知」の条件分析の考え方が社会心理学に新しい方向性を与えていた。(認知的不協和理論を唱えたフェスティンガーはレビンに学んだ。)

ミルグラムの関心は「目に見えないルールや規範」が人間の行動に影響を与えており、そのことに当事者自身も気づいていないことがある」という点にあったが、それを実証的な方法で解明することができるということに社会心理学の魅力を感じたのであった。行動の「状況主義」的解釈は今日でも誤解を招いている面もあると思われるが、現象に即して直接問題にしている行動に影響する要因を分析しようとしたのである。行動と人間個人の特性については、ミルグラムは次のように述べている。

人は、内的な欲求から行動を開始することもあるし、私たちが生活している社会的な世界を能動的に作り上げもする、、、しかしながら、、、、社会の性質のなかで私の興味の対象とするものを補完する部分を調べるのは他の研究者たちにまかせておきたい(p.369)。

第一章と第二章はミルグラムの少年期、高校から大学の様子が描かれている。小学校当時から非常に優秀な生徒であったこと、高校の同級生にフィリップ・ジンバルドーがいた。進学したクイーンズ大学では政治学を専攻したこと、友人で(その後生物学者となった)バーナード・フライドから心理学の「講義」を受けていたことなどが書かれている。

ジンバルドーは「クラスの人気者」で、ミルグラムはすでに文章表現に優れていたらしく卒業アルバムにミルグラムについて「フィル副会長は背が高くスマート、青い瞳にゃ女もコロリ」と評し、自分については「クラスで最もおかしなヤツは、自分の対句を書くヤツさ」と。

ハーバード大学への進学を推薦され、思弁的であった政治科学の内容を実証的に研究しようとしていた新しい社会関係学部(今日の「学際的総合科学」の走り)の博士課程へ進学することになる。ここでゴードン・オールポート、ジェローム・ブルーナーらと出会うことになった。社会関係学部はその後必ずしも成功とは評価されなかったようだが、社会科学、人文科学の泰斗による幅広い教育が厳格に行われたようだ。研究テーマの面では客員教授のアッシュの研究助手を勤めたことが決定的であった。ミルグラムは学位論文のテーマに「国民性」を選び、アッシュの同調行動についての実験をもとにして「国民性」の国際比較にとりくむことになった。

第四章はプリンストン高等研究所でのアッシュとの「確執」のなかで、エール大学に任期付きの准教授として勤め始め、いよいよ「服従実験」を着想した「光輝く瞬間」を迎える。

私が考えていたのは、アッシュの同調実験を人にとって意味のあるものにするための方法だった。、、、私の考えは、(、、、同調実験、、)における支配関係そのものにターゲットをしぼったのである。いったい、人は実験者の命令にどこまで従うのだろうか。(p.84)

「服従実験」への構想はミルグラムがユダヤ系アメリカ人であったこととやはり切り離すことはできない。しかし、オールポートは服従実験をしばしば「アイヒマン実験」と呼んで、これは今日でもそのように呼ばれることが多いのだが、ミルグラムは、

「良心と権威の間の葛藤から生まれるジレンマは社会の本質に内在するものであり、ナチスドイツが存在しなかったとしてもこのジレンマは存在したことだろう。」(p.355)

と述べ、「アイヒマン実験」という呼び方は、過去の特定の惨事を対象としたものだという印象を与えかねないこをと危惧し、ミルグラムがとりあげた現象は現在もわれわれの身近に存在している普遍的な問題の一端を解明したことの意義を協調している。

 「日常生活を一枚めくったところにパンドラの箱があると思っている。だから当たり前と思っていることに取り組むことには価値があると思う。そこにはきっとびっくりすることが隠されているから。」というミルグラムの言葉の引用で締めくくられている。これは心理学に限らず科学的探求に共通したものだが、現在でもなお心理学ではまさにこの感覚が大切なように思われる。

ミルグラムは当時支配的だった「ハードな」研究方法について、「社会心理学が仮説とその検証という枠組みを協調しすぎることに対しては反対していた」(p. 56)

「社会心理学では、実験の最も重要な機能が仮説の証明であるという考えが広まっているが、それは誤りである。」(p.57)と述べ、理論や予測の根拠がいまだ未成熟な状況での仮説の検証をあやぶんでいた。「(国民性に関する研究の)現在の状況では、温度計に仮説が必要ないのと同様に、実験に仮説は必要ない。」

(第9章、10章、11章)

 服従実験が行われてからすでに40年以上が経過したが、ミルグラムのような創造的な研究はますます実施困難な状況にある。ミルグラムは「倫理的基準」にまともに取り組んだ最初の研究者かもしれない。今日それらをのりこえる研究法が求められている。
 訳は非常にこなれていて読みやすい。かなり大部(およそ450ページ)であったが、内容は魅力に富み一気に読み終えることができた。文献、資料類も省略されていないようである。

我が国では「服従の心理」が翻訳されているが、絶版になっているらしい。ミルグラムはフレージャーという学生の研究指導のため来日(1966、1967)したこともあり、「日本の日常生活のなかに美しさが満ちあふれていることに感銘を受け」、「日本の現代の木版画」の虜となり有名な作家の作品を多くもちかえり、自宅にいまものこされているそうである。そして日本のことを「三日月の形をした魔法の島々」と呼ぶほど好きになっていた(序文)、ということだ。

目次
序文
日本語版への序文
謝辞
プロローグ
第1章 名前のない街で
第2章 ハーバードでの成功
第3章 ノルウェー、そしてフランス
第4章 プリンストンからエールへ
第5章 服従-その体験
第6章 服従-その実験
第7章 ショックの後
第8章 学問の楽園への帰還
第9章 都市心理学
第10章 ひのき舞台へ
第11章 苛立ち、シラノイド、そして晩年
第12章 ミルグラムの遺したもの
付録

訳者あとがき
文献
索引

The Man Who Shocked the World: The Life and Legacy of Stanley Milgram by Thomas Blass, Basic Books 2004

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