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2007.02.10

ハミル館のパヴロフたち

三宅進 ハミル館のパブロフたち:もうひとつの臨床心理学事始め 文芸社 2006

 戦後、昭和20年後半の関西学院大学の動物心理学研究室の草創期を学生、院生としてすごされた著者による「裏の心理学研究室史である」。当時のエピソードを通じて今日の心理学のありかたが問われているように思う。
 関西学院大学の心理学研究室は学習心理学の分野、特に古典的条件づけの研究拠点として世界的にも有名であるが、その草創期を担われた今田恵氏、古武彌正氏、石原岩太郎氏、多河慶一氏、新濱氏との交流・指導の様子がいきいきとつづられている。いろいろなエピソードは時間の経過による誇張もあるのだろうが、軽妙な関西弁で語られる会話は漫才のようで、大学からの帰り道の車内で笑いがこみあげてきてちょっと困るほどだった。
 現在の関西学院大学の隆盛の基礎となったのは

「私学の研究室は公立の大学のように広くなんでも売りに出すデパートのようなわけにはいかん(注1)。私立は専門店にならなければあかん。岩おこしはあそこのもの、羊羹はあの店でなかったらあかんのやというように。うちの研究室は学習が売りや」

という古武氏のことばであろう。また、同じく古武氏は「この研究室は実験を中心にした研究でないと駄目だ」とも言われていたそうである。心理学と実験という組み合わせは(今日でも一般には理解されていないとも言えるが)心理学の新しい方向を見越した先見的なものであったのであろう。
 本書の副題である、「もうひとつの臨床心理学事始め」の部分は、今日の心理学界の動向を考えるとき、ぜひ振り返っておかなければならないところだろうと思う。三宅氏らが予想した臨床心理学は学習心理学を基礎としたいわば基礎医学と臨床の関係に近い姿であった。このような方向は、後に、今田寛氏が発言しておられるサイエンス・プラクティショナー(科学的基礎にもとづいた実践家モデル)の源流がここにあるように思われる。現在の臨床心理にはこのような基礎が望まれているのではないだろうか。
 いきいきと語られる研究室の様子は私も学生時代をすごした研究室と類似したところがあっておもしろかった。まずは「官」にたいする「私学」の意地というか誇りというか、このあたりの意識は共感するところ大だ。実験も当時は実験装置を労を惜しまずに手作りしておられたところも共通していた。また、草創期の古く、またけっしてきれいとは言えない研究室が新しくなるにつれて、それまでの垣根のない梁山泊的な要素が失われていく様子などもどことなく類似しているようだった。
 もちろん、今日では研究の水準もはるかに上がり、高度に専門的な研究でなければ通用しなくなっていることがこの背景にはある。このエッセイの中に書かれているような、今日からみれば無謀とも思える実験を、とにかくやってみようとする、そのような決してスマートとは言えない部分が大事なところなのだなあ、とあらためて思う。また、「よく遊び、よく学び」という語順が一見逆転しているところが実は大事なことなのだなあと。
 それにしてもこんなオモロイ研究室史を各大学でだしてくれれば、心理学史のネタに困ることはないし、

「心理学ちゅうのは、なかなか面白いで」

ということを伝えていくことができるだろう。

(注1)今日では心理学関係の学科構成を見ると私立大学でむしろ規模が大きく充実しているが、デパートというよりは「コンビニ」的と言えるだろう。しかし、世界的拠点となっているようないくつかの研究室は規模とはあまり関係なく私立においてもむしろ小規模な「専門店」である。

 目次
プロローグ ハミル館に響く歌声
第一章 半地下研究室に広がる未知の世界
第二章 行動療法への歩み
第三章 よく遊び、よく学び
第四章 先生方の肖像
第五章 呑んだ、書いた、受かった
第六章 パブロフにならって
第七章 時の流れに失われたもの
第八章 心に科学を
エピローグ 「百年舎の美人ウエートレス」

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