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2006.03.03

昔の大学評価

「法学に遊ぶ:落語から法哲学へ」(長尾龍一著、日本評論社、1992)という法を巡るエッセイ集を読んでいたら、昔の大学評価の話がでてきた(慌てた大学者たち:日本法学史の一コマ)。明治36年(1903年)二月に東京帝国大学法科大学と当時新設まもない京都帝国大学法科大学を比較し、東大の高名な教授を実名で批評するという連載が始まったとのことだ(当時読売新聞で連載、その後、斬馬剣禅著「東西両京の大学」講談社学術文庫に所収)。
大学らしさ、という点について斬馬氏は、
 「自由討究と開発教育、これ実に、、(略)、、もっとも大学らしき制度とす。しかるに見よ、我が東京大学のごときは、ある科ににおいては日々学生の出席欠席を調査し、ある教師のごときは、遅刻者に向かいて減点をなすべしというがごとき、これ果たして大学学生を遇するの途なるか。(略)、、、これ要するに今の東京大学は、その学生に対する規則をもって束縛し、権力を用いて干渉し、徹頭徹尾小学校流の方法をもって彼等を教育せんと欲す。」と大いに批判し、一方京都大学にたいしては「東京大学の小学校的、監督的、圧制的、注入的、機械的なるに比すれば、さらに大学風にして、さらに放任自由の主義を採用し、さらに開発的活用的の精神を加えて、真に大学らしき大学の創立を見足るの実蹟、歴々として指摘し得るべきものあり。」と褒め称えている。
 100年前の大学と現在の大学はもちろん時代とともに異なるものであるとはいえ、大学評価も大いに変化変遷するものである。
 (斬馬剣禅はもちろんペンネームでその「正体」もエッセイの中で明かされている。)

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