« フォント | Main | 演説 »

2004.07.12

選挙に思う

 茨城県の投票率はなぜ低いのか?という疑問。今回も50%ほどで最下位だったらしい。選挙管理委員会は銀行などのATMに投票日の広告を出す、というすばらしいアイデアを採用したのだが、どうやらその成果は見られなかったらしい。しかし、このすばらしい案には賞金がでたらしいし、どんな方々が採用を決めたのだろう。
 投票率にはたしかに全国平均(60%台)とは「有意な差」が認められるであろうが、しかし、他の地域が特に高いわけでもない。低投票率は茨城県に固有の問題ということではないように思われる。改選2議席でそれぞれ保守系でわけあうことが予想された二人区では投票率をあげる要素はなさそうだ。(ちなみに私の投票権は千葉県にあって、こちらの投票率も全国下から数えて3番目だった。)
 あえて理由を考えると、これも茨城県に特有というわけではなさそうだが、高校訪問などでごくわずかなところを訪れると茨城県は広いなあと感ずる。特に農村部では投票所がかなり遠いのではないかと思われる。また、これも素人の見方であるが、茨城県は本来は旧自民党の保守基盤の強いところだと思う。ところが、地方きりすて政策をとっている今の自民党はかつての自民党ではない。かといって、別の党になにか具体的な政策があるわけではない。今回は自民と民主の候補が当選したが、どちらも旧勢力を背景にしたものだ。選択肢はもともと存在しないようなものだ。
 多すぎる選択肢はかならずしも「幸福」をもたらすものではないらしい(「豊かさがまねく不幸、日経サイエンス2004.7)。しかし、二大政党制が幸福な選択肢であるとも思えない。世界は二大政党制だといっているが、二大政党制をとっている国はむしろ少なく、米英のイラク戦争にみるように重要な問題について有効とも思えない。
 候補者が三人以上の場合「民意」を反映させるには「順位をつけた投票」方式が有効であるという(「だれからも文句のでない投票方式」、日経サイエンス2004.6)。そうすると二大政党制にこだわる理由はないように思われる。むしろ、政党や職業的な議員の存在理由が薄れているのであるから、国民からランダムに議員を選択するというアイデアもある(群馬大学、中澤港さん)。このアイデアをふくらますと、本来の機能を果たせない参議院は職業的な議員を廃止し、「参審制」に習い、国会のたびに国民からランダムに議員(「参政議員」)を選択して、衆議院の議決に対して可否の決議を行う(民意を問う)機関にしてはどうだろう。各政党なり職業的議員は参政議員に対して十分な説明をしたうえで議決を得なければならないから、わかりやすく説明することが必要になり、民意にそう政策が実現されるようになるのではないだろうか。
 選挙終了後、深夜の報道番組を見ていたら、選ばれた議員でないことで侮られくやしい思いをしていたと言われている某先生が新橋での演説中にヤジに対して「ダマレ」と逆ギレしたとのことだ。この方は多数の票を集めて当選したのだが、もはやこのまま議員を続けることはできないのではないだろうか。この例のように今回はあまりにもお粗末なエピソードの多いことで記憶に残る選挙ではあった。

|

« フォント | Main | 演説 »

生活」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 選挙に思う:

« フォント | Main | 演説 »