« June 2004 | Main | August 2004 »

July 2004

2004.07.25

オープンキャンパス

 土曜日はオープンキャンパス。幸い例年どおりのにぎわいだった。今年は新しい企画もいくつかあって、各学部の催し物にそって見学者の流れをうまくつくることができたようだ。学科によっていろいろ工夫されていたが、今後の課題は多様性とそれらの統一感の問題を考えなければならないか?
 保護者同伴の見学者が昨年に比べると増加したような印象だ(まだまだ少数派だが)。学内の食堂の業者が変わりメニューが一新された効果か、「学内ツアー」参加者が多かったせいか食堂が混雑して行列ができていた。次回はツアーの時間配分を見直すべきかも。また、新しい学生寮の紹介ビデオも流されていたが、それにしても最近の学生寮は快適そうだなあ。集中講義などで学外講師の方が利用されるゲストハウスよりも快適かもしれないなあ。
 催し物は学園祭の悪ノリになるのはさけなければならないが、もう少しリラックスしてもよいのかもしれない。「(雰囲気が)なんかかわいい」というような印象を話しながら帰って行った見学者もあったのでプログラムとしてはよかったのだろう。オープンキャンパスは完全に定着して、受験生の大学選択の重要なプロセスになっていて見学者のかなりの割合が実際に受験する傾向も高まってきている。
 教員にとっては、高校生と直に接する機会であるとともに、普段あまりお話しする機会のない先生や事務の方といろいろ話のできる貴重な機会ともなっている。
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.24

南国の夜(その2)

 書く順序が前後してしまったが、先々週、数年前の台北の某会議で知り合いになったAさんとひさしぶに再会することができた。Aさんは丁度留学をおえて就職活動中ということだった。せっかくの機会だったので関心ありそうな知人・友人にメールしたところ6人が集まってミニ・オフ状態となって、他分野・異業種初めてお目にかかる方もあって、いろいろな話を聞くことができた。特に応用分野はまだまだ開発途上でその分開拓の余地が大きいのだと思う。パイオニア・リスクはたしかに高いのであるが。それにしても、若い人は3年もたつととても成長するものだなあとあらためて感じた。
 Aさんとは台北で知り合いになったということで、目黒にある「台湾家庭料理:京龍」というレストランへでかけた。店の人はほとんど台湾出身の人のようだった。料理ははでなところはまったくなくやさしい味付けで、まさに家庭料理という趣の店だった。台北のナイトマーケットの印象が強かったせいもあって、こちらの味の印象は特に強くはなかったが、どれもおいしく、台湾の旬の食材をつかったメニューも多くあって、値段も手頃である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.23

南国の夜

熱帯夜のつづくこのところ先日ある機会を得て六本木にある「海南鶏飯飯店」というシンガポール・ホーカーズ料理のレストランにでかけた。熱帯夜の麻布付近はシンガポールの街の雰囲気に似ている。六本木ヒルズの手前で、シンガポール大使館も近いせいか「現地」風の味を楽しむことができた。味の印象をことばにするのは難しいが、漢方薬的な風味と、コリアンダーの香り、タイ米のかおりやハーブ類の香りが混ざり、スパイシーな胡椒の味がこれらをさらに引き立てる、というような単純だけれども奥深く印象に残る味わいだった。店はせまいが華僑のシンガポール人らしい人や無国籍風のファッショナブルな人たちで繁盛していて、南国の夜をすごしていると、まるでシンガポールにいるかのような錯覚にとらわれた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.17

学期末

 学期末でなにかとあわただしい。談話室では通年だった頃はもっとゆとりがあったという声がしきりである。
不定期な予定が一つ増えただけで、いろいろな影響がでる。学期中は一週間単位の行動習慣にしたがっていることを痛感した。昨日は大学院の入試(秋セメスター入学)のお手伝い。こちらも二学期制と秋入学制度のため入試回数は倍増していることになる。

 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.15

演説

今回の選挙では柏駅でたまたま遭遇した佐高信氏の応援演説が印象に残っている。社民党の候補者の方は長い間夫婦別姓の問題で活動されてきた方で、活動の初期の頃に一度だけ講演会にでかけたことがある。当時から、まじめで優等生という印象を受けたが、学級委員長という雰囲気は今もかわらない。佐高氏のユーモアにつつまれているがどこか底知れないすごみのある演説に聞き入ってしまった。予想していたよりも背の高い痩躯の人だった。声高にではなく駅前に集まったそう多くない集団にむかって訴えかけていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.12

選挙に思う

 茨城県の投票率はなぜ低いのか?という疑問。今回も50%ほどで最下位だったらしい。選挙管理委員会は銀行などのATMに投票日の広告を出す、というすばらしいアイデアを採用したのだが、どうやらその成果は見られなかったらしい。しかし、このすばらしい案には賞金がでたらしいし、どんな方々が採用を決めたのだろう。
 投票率にはたしかに全国平均(60%台)とは「有意な差」が認められるであろうが、しかし、他の地域が特に高いわけでもない。低投票率は茨城県に固有の問題ということではないように思われる。改選2議席でそれぞれ保守系でわけあうことが予想された二人区では投票率をあげる要素はなさそうだ。(ちなみに私の投票権は千葉県にあって、こちらの投票率も全国下から数えて3番目だった。)
 あえて理由を考えると、これも茨城県に特有というわけではなさそうだが、高校訪問などでごくわずかなところを訪れると茨城県は広いなあと感ずる。特に農村部では投票所がかなり遠いのではないかと思われる。また、これも素人の見方であるが、茨城県は本来は旧自民党の保守基盤の強いところだと思う。ところが、地方きりすて政策をとっている今の自民党はかつての自民党ではない。かといって、別の党になにか具体的な政策があるわけではない。今回は自民と民主の候補が当選したが、どちらも旧勢力を背景にしたものだ。選択肢はもともと存在しないようなものだ。
 多すぎる選択肢はかならずしも「幸福」をもたらすものではないらしい(「豊かさがまねく不幸、日経サイエンス2004.7)。しかし、二大政党制が幸福な選択肢であるとも思えない。世界は二大政党制だといっているが、二大政党制をとっている国はむしろ少なく、米英のイラク戦争にみるように重要な問題について有効とも思えない。
 候補者が三人以上の場合「民意」を反映させるには「順位をつけた投票」方式が有効であるという(「だれからも文句のでない投票方式」、日経サイエンス2004.6)。そうすると二大政党制にこだわる理由はないように思われる。むしろ、政党や職業的な議員の存在理由が薄れているのであるから、国民からランダムに議員を選択するというアイデアもある(群馬大学、中澤港さん)。このアイデアをふくらますと、本来の機能を果たせない参議院は職業的な議員を廃止し、「参審制」に習い、国会のたびに国民からランダムに議員(「参政議員」)を選択して、衆議院の議決に対して可否の決議を行う(民意を問う)機関にしてはどうだろう。各政党なり職業的議員は参政議員に対して十分な説明をしたうえで議決を得なければならないから、わかりやすく説明することが必要になり、民意にそう政策が実現されるようになるのではないだろうか。
 選挙終了後、深夜の報道番組を見ていたら、選ばれた議員でないことで侮られくやしい思いをしていたと言われている某先生が新橋での演説中にヤジに対して「ダマレ」と逆ギレしたとのことだ。この方は多数の票を集めて当選したのだが、もはやこのまま議員を続けることはできないのではないだろうか。この例のように今回はあまりにもお粗末なエピソードの多いことで記憶に残る選挙ではあった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.10

フォント

 PCをつかうようになって気になっていたのは、メニューの表示等につかわれるシステムフォントがきたなくて、読みにくいということだった。なんでこんなものがいつまでも修正されないのだろうか、と常々感じていたのだが、日経クリックの今月号(8月号)にWindowsの見かけをMacっぽして「もっとオシャレに使いやすく:えっ!WindowsがMacになる?」という特集記事があった。
 ウインドウズの「テーマ」を変更するソフト、Doc風のランチャー・ソフト、アイコンとフォントの変更ソフトが紹介されていた。これらはそれぞれ独立なので、今回はためしにWindowsBlindsで「テーマ」をOS X Panther風にして、システムフォントをunicode版のOsakaフォントに変更してみたところ、メニューなど文字表示が非常にきれいで読みやすいものになった。また、IEもフォントの変更をしたが、とても読みやすく表示されるようになった。いまのところ不具合はでていない。記事ではランチャーもDock風にしてアイコン類もMac風にした例が紹介されていたが、表面的にはほとんど区別しがたいものに仕上がるようだ。ルック&フィールのうちルックについてはたしかにほとんど区別できないが、フィールの方はやはり異なるが、フォントの変更のみでもかなり改善されると感じた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.08

景気

非常勤先へは時間の節約のためタクシーを利用することが多い。話し好きの運転手さんの車に乗り合わせるといろいろな話を聞くことができる。今日は、世の中は景気がいいらしいですねえ、と話かけたところ「とんでもない」という返事だった。いろいろな景気指数はたしかに高いのだろうが、タクシー運転手としての経験から、景気がいいときのタクシー利用客の様子とはぜんぜん違うということだ。たとえば、東京方面でプロ野球を見て、深夜に水戸に帰ってきてタクシーを利用するような客はほとんど無くなったし、酔っぱらって乗り過ごしてしまい、土浦方面まで引き返すような客の数もめっきり減ったということである。なるほど、このような経験指標からすると景気がいいというのはまったく別の世界の話のようだ。組合の春闘?のニュースちらしを見せてくれたが、最近は基本給は低く抑えられ、(会社によるが)能率給部分が大部分を占めるようになってきていて、収入の面では非常にきびしいということであった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.06

木槿(むくげ)

新本部棟わきの木槿(むくげ)の花(だと思う)。古くはこれをあさがおと呼んでいたらしい。
DSC00078.JPG

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.07.04

反社会学講座

 ネット界で噂にのぼっていた「反社会学講座」(パオロ・マッツァリーノ著)イーストプレス(2004)を本屋でみかけて、立ち読みしたところおもしろくて結局購入した。この本は社会学の「とんでも本」なのか、著書もどんなひと(たち?)なのか一読では判読しがたいが、このような「反心理学講座」を読んでみたいものだ。すでにこの本のなかで心理学はいろいろ揶揄されていて、冗談でなく同感のところも多かった。また、本書の「社会学」というところを「心理学」に置き換えてもそのまま成立すると思われるところも多かったのである。
 ただ、丁度「科学」を「似非科学」から論ずるようなもどかしいところがあって、反○○学の形でしか表現できない、ということに抵抗も感ずるのだが、この方法によって、「常識」のなかで信じられている事柄に多くの誤りがあることがわかりやすく明らかにされている。
 「社会学という学問が暴走している現状を批判すること」および「不当な常識・一方的な道徳・不条理な世間体から人間の尊厳を守ること」という「反社会学」の二つの目的を同様にかかげた「反心理学」はいずこかにあるのだろうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2004 | Main | August 2004 »